木を扱っています。といっても漠然と、,,,

自分の写真
nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2009年8月29日土曜日

映画 精神 シネマテーク

見てきました。これは、“観察映画”となってまして、岡山の精神科医院の患者を撮影したモノ。この医院は、一昔前の個人病院みたいな場所で、建物も昭和初めの味わいある建物。先生の人柄に頼った人たちが集まってきている。入院施設でなく、朝通ってきて、待合でわいわいとやっている。明るくはないけど、悲惨でもない。

患者は困って、悩んで病院へ来る。先生がよく言う台詞、”あなたはどうしたいと思うの?”鬱や、統合失調症、は、つまり、“参ってしまった”人々だ。やめたい、死にたい、自分を攻め続けてしまう。健常者の社会について行けない。社会のリズムに乗れない。

彼ら独自の世界では、つまりこの病院のような、映画に見るコミュニティのような所では、生き生きと楽しく見える、映っている。彼らは安心してそこに居る。

彼らを恐れさせる、”世間” とは、何者なのだ。健常者の社会は、彼らを脅しているのだろうか。知らず知らずのうちに、彼らを責めてしまう健常者とは、健常な精神の持ち主なのだろうか。その社会は、”健常な社会” だろうか。

彼らのセンサーは、敏感すぎる。些細な刺激が、彼らを破滅に追い詰める。彼らはそれをかわせない。よけられない、しっかりと受け止めてしまう。そうでない人々は、相手にぶつけるだけぶつけようといろいろ投げておいて、何も受け止めない。ほとんどが誰かのせいであって、自分を責めることがない。それが健常。そう、厳しい世界なのだ。

2009年8月25日火曜日

ピンホールカメラ 写真展

名古屋伏見地下街、ギャラリーで。熊崎 勝 先生の作品展でした。

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お誘いを受けて見てきました。何が不思議かというと、手前も奥もピントが合ってる。また、ソフトフォーカスって言うか、輪郭の柔らかさ。

”作ってみないか?”と誘われたけど、作りかけたのです。フィルムと現像がうまくできなくて、障害って言うか、どーしょーかなーって。

やってみたい気はあって、道具も揃えたけど、フィルムと現像がどーも。自分で一度現像したら好きになりそうな。

 

デジタルピンホールカメラってあるのかな?

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2009年8月24日月曜日

本宮山へ登る。 豊川

思い立って、本宮山へ登りました。トレッキングだけど、最近ぼけてて、食事を持って行くのを忘れました。飲み物は持って行きましたが。

”休みの日は売店やってるよ、”との話しに期待して登ったけど、お店は何もありませんでした。お腹を空かせて下山、”本宮の湯”で食事をしました。

登り2時間半、下り1時間半 距離4km 高低差600mくらいかな?

広葉樹林と針葉樹林(植栽樹林)が交互でした。頂上の社にはふさわしく桧と杉の大木がありました。

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2009年8月12日水曜日

帽子を、、、、

ミシン アディクト工房   〒479-0835 愛知県常滑市陶郷町4-64  で 買ってまった。

物を持ちたいけど(携帯、プレーヤー、キー、できれば本)夏はポケットが少なくて、困ってます。さて、どこへポケットを着けようか? ねえ、どらえもん?

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ということで、まずはヘッドアップ。大昔柔道部であった私は、首を鍛えてある(もう時効だろうけど)つもりで、頭が重く、首が回らないのには慣れていて。デザインも良いし。

できれば、チャックを隠して欲しかった、、、。

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さて、つぎに、夏は暑い。首の後ろの日焼けが熱いシャワーと相性が悪い。ということは日よけ。それで日よけにもポケットを、という流れです。

日よけが3枚あるのに、ポケットは真ん中だけ。いろいろ入れたいのに、、、。

次は、紳士帽のひさしの上にクリップでも着けようかと。

2009年8月10日月曜日

手話に関心をもって、、、

手話がおもしろそうだと思った。オリバーサックス著、“手話の世界へ”を読んだ。動かされたことは2つ。

1,手話には2種あって、健常者(これはあまりよい表現じゃないけどしかたがない)の言葉を置き換えた手話と、聾唖者の間で創り出された手話がある。この後者の存在はおどろいた。それは私たちの言葉が音声という制限を背負っているという発見である。聾唖者の中で自然発生的に創り出された手話は、音声と次元を異にした全く新しい言語になる。視覚と空間を使った言葉。するとそこから産まれる思考も戦略も全く異なってくる、と想像される。つまり道具には得手不得手があり、道具が違えばおのずから出来ること出来ないことが違ってくる。たとえば、サイクロイド曲線という単語を知っているか知らないかで、その形を伝えられない。数式を知っている者同士なら式を書くだけで形を伝えられる。私たちの音声言語には、どんな制限があるのだろうか。

余談だが、聾唖者の中で産まれた手話、の産まれ方に感心した。言葉が使える者が介在してはこれは生まれない。だから健常者が数的に多くてはだめなのだ。また、言語は一度に短時間には出来ない。これはコンピューター言語の発達を見ても判る。進化と同じく、長い時間、多くの人と場面を経て、付加され改良されて伝えられていくうちに、言語としての体系をなしていく。ある程度形が出来ると、体系化、整理が出来て言語として習得体制ができる。はたしてそんな環境が本当にあったのだろうか。聾唖者の比率が高い地域、それが必須条件である。

今のように人の往き来が頻繁ではなかったとき、ある島に遺伝的に聾唖要素が持ち込まれる。近親婚が続けられ、島内で高い比率で聾唖者が産まれる。実在したその島では、聾唖者も健常者も同じように手話で会話をしていたという。そこから島の外へ出た者がその手話を広めたという。聾唖者にとって自然な手段だったと言うこと。

2,聾唖者も健常者も脳医学的には、どちらも同じ言語野が同じように使われていること。言葉を使おうが手話を使おうが、生き物の外界と内側とのやりとりが出来ていればいい。脳は、その環境に応じて最良の物から情報を取り入れ、出力している。三重苦といわれる聾唖と視覚障害者でもヘレンケラーのごとく、脳は内側と外側との情報交換をなんとか確立しようとする。その時点においては、同じ処理がなされている。ただし、同じ情報が入っていることにはならないが、同じ世界で生きているという事実がある。

言語という言葉の壁の外にどんな世界があるのか。聾唖者はどのように世界を見ているのか、表現しているのか、大変関心がある。

さて、手話を覚えられるだろうか?

2009年8月6日木曜日

御嶽山登山 8月4日 今年もまた、ありがとう

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木曽御嶽山、3026mへ、8月4日に登ってきました。ということで今は大腿筋とひらめ筋が筋肉痛です。明日はもっと痛くなりそう。

2日の日曜は雨、それも激しく。梅雨明けがいつなのか、心配しつつ半分あきらめつつ。3日は晴れてまあ何とか。3日午後に名古屋を出て、名古屋市の御岳休暇村へ一泊。ここは安いんです。だから赤字なんだと思うくらい。そして、梅雨明けのニュース。”ホホ、やったね。日頃の信心が報われたね。” 朝6時に休暇村を出て、6時半に田の原登山口駐車場へ。”かいせーーーい(快晴)” 一日の無事を祈って登山開始。

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雲一つ無く、澄み切った下界を見下ろしながらゆっくり登りました。

6時半から始めて、11時前に、王滝頂上。11時過ぎに剣が峰頂上、標高3026mへ。今年もまた来れたことに感謝!!!!

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王滝口過ぎて剣が峰を望む。

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4つ並びの下段が、剣が峰頂上。12時半に出て、3時に駐車場へ。

これまで、毎年家族4人で登ってましたが、今年は子供はこないで、夫婦で行きました。2年前には行く前に目の怪我でお休みしました。また来年無事に過ごしてまた来たいです。

帰りには、雷鳥を見ました。皆がカメラを抱えていたので、”何か居る?”といことで。

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それから雲が上がってきて時々ぱらぱらと雨が。車に着いたらザーッと雨が降り出しました。下界へ降りるまで1時間ほど強く降ってました。”なんという強運!!”

あ、そうそう、行きに、”砂防堰堤”らしきものがありまして、土砂流出を防ぐ物らしい。

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御嶽山登山口まで行く途中に、滝が2カ所あるんです。帰りに寄ってきました。その時すでに、膝ががくがくしていました。

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お天気に恵まれ、料理に恵まれ、仕事もヒマだったので、良い休暇でした。