木を扱っています。といっても漠然と、,,,

自分の写真
nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2009年1月31日土曜日

リンゴかわいや、カンカン娘  じゃないかな?

不要になったリンゴ箱、どなたか要りませんか?

何でこんなゴミ? と言うヒトと、今となっては貴重だね、と言うヒトと。

やま

 よこ

取りに来れば差し上げます、と言うことで、当方へご連絡を メールです。

2009年1月5日月曜日

吉本隆明 NHK を見る。

吉本隆明、ゆうめいな言語学者、文学者、哲学者、らしい。文学論や哲学が苦手な私は、ご縁の無かった方ですが、名前だけは伺っていました。先輩の薦めで、番組を見ました。雑感を書きます。

わたし論的に、普遍論、と言うモノは私の中には存在せず、個人の頭の中で描かれる事象なのだから、全てが特異論だと思っています。同じ物を同じ時に同じ場所で見て、感じたものに対する感じ方は、同じとは限らない。そのひとつには受け取る側の心情によっていろめがねをかけてしまうということ。具体的にその時前に何を感じていたか、何を考えていたかによって、変わってしまうと言うことがある。ということで、私の色眼鏡越し雑感です。

1:言語論、根幹は無言の中に、、、

これは言語論というか文学論だと思う。言葉として書いてある物、表現してある物は伝えたいことの枝葉末梢に過ぎず、本質は無言すなわち、書かれていない部分である、と言っていると解釈した。俳句を取り上げて、あの短文から何をくみ出すかと言う観点を、長編小説と一緒に比べて、文学論を交わすのは確かに意味がない。物書きを趣味とする私でも、単純明快と言う技と、伝えたいことが伝わるに足りるものなのか、そして文の積み重ねから、描き手の意図する全体像を組み上げてくれるだろうかという疑心がいつもつきまとう。文学と報告書の違いは、その部分なのだろう。文学に必要なのは、論理的組立てではなく、計算された論理の抜け穴だと感じる。報告書は、読み進めていくと結論が見えてきて、それは進めるほどに揺るぎないものにならねばならない。一方、文学は先が読めてはいわゆるつまらない。いたるところに論理的な欠陥なり、破綻、矛盾、つまり意外性とはそう言うことで、おもしろさはそこに産まれる。気付かされる言葉である。

2:経済論、価値とは。文学、芸術は無価値か?

価値論は、これもまた脳が生んだ概念であって、量的な部分で具象性との連結が難しい。価値の有無については、番組でもリンゴを取りに木に登って収穫するというエネルギー投資を以て、価値の量、有無を例えていた。私は富国論、経済論には無縁であるがこれはわかり易い。行動にはエネルギーが必要なので、まず頭がその行動を思い浮かべて、それを実行するかどうかと言う判断で価値の有無が現れてくる。人を行動に向かわせる動機、体力的エネルギーと時間的資源を投資しようとする、それは実際に本を買いに行く、お金を投じる、ページをめくる、あるいは、美術館へ足を運ぶ、美術品に値が付く、美術本や文学全集が印刷される、これすなわち文学、芸術の持つ価値と判断する。現実的な出来事だからね。無価値 という論理があれば、聞いてみたいものだ。

人が、そして生き物が行動する動機、目的、そして価値とは、わたし的には単純明快で、生きること、産むことにつきる。これはDNAに組み込まれた行動パターンの原理である。文学を始め芸術とは、快楽の疑似体験であり、快楽の根底は生きることと産むことにあり。生きること産むことの快楽が生き物に組み込まれていて(それはすなわち産まれた目的でもある)、その欲求の派生代替として全ての欲がある。名誉、所有、闘争、歌、詩、絵画、造形、ダンス。恋愛は何事にも代え難く重要で生き物の根幹にある。芸術はそれの代替であり、欲求の昇華解消手段である。それに結びつかなくては、感動も、快感も、満足も得られない。それは生き物というハードウエアの設計、配線上の問題であると、認識している。

3:時代が過ぎても言語や芸術は変わっていない。

いつの時代の文学を読んでも、絵を見ても、人に与える感動は同じ。わたし的には、構造が同じだから(進化する時計尺度ではない)同じ結果なのだ。人は何も変わっていないのだから。ただ、それを描写する背景景色は言葉を替えなくてはいけない。死語を使っていては文学以前の話しになってしまう。表し方には時代の流行があるのだ。”流行の”という一言を取っても、めまぐるしく対象が変わっていくのは自明の通りである。翻訳すれば、いつどこで読まれても良い作品は感動を感じるものなのだ。

4:収録は90分だったけど、長い時間話していたんだね。

NHKの番組では、最初は心許ない話し方で、話したいことが思い出せないで、イライラも見せながら、進んでいったけど、徐々になめらかにつかえることなくしゃべりが進んでいった。最後の方は疲れなのか、トランスなのか、あいまいになって、うまく司会が留めていた。その前には、想いが満ちていって、あふれるように言葉になってこぼれ落ちていた。聞く人も言葉をいちいち噛まないでも、するりと飲み込めているようで、のど越しの良い聴講ならうらやましい限りである。最後の拍手はそれなのだろうか。

この人は、戦中から戦後、東大紛争から経済発展までを見てきた人なのだ。このプロデューサーの糸井重里さんも、私は苦手な方なのだが、ちょっとかじってみようと思う。

このタイミングで連絡を頂き、薦めていただいた先輩に、感謝して一文を書いてみました。