木を扱っています。といっても漠然と、,,,

自分の写真
nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2009年9月27日日曜日

野村芳太郎と、角川春樹

ひさしぶりに、「砂の器」を見た。すばらしい映画だった。松本清張、生誕100年DVDシリーズを貸して頂いた。テレビで「人間の証明」をやってた。森村誠一のヒット作。高校生の頃、どちらも夢中だった。両方とも親子間の被加害者であり、反抗の動機こそが主題となっている、同じ傾向の作品だ。原作は優劣付けられない別方向の手法でそれぞれ書かれている。名作である。

しかし、映画の方を見ると、監督の力量は一目瞭然だ。[映画 砂の器」はすばらしい。後半のストーリーが変わり、クライマックスが原作と異なっていて、映画向きのアレンジが出来ている。謎解きや犯人捜しではなく、親子に降りかかった宿命がテーマとなって、それに焦点が合っている。芥川也寸志のオーケストラ音楽をBGM に無言で歩き続ける親子の映像は、テーマ音楽に縛られたように音楽の高鳴りと供に視聴者の緊張を高めていく。映像と音ならこうやって表現をしていくんだ、と感嘆する。 映画は監督だなあとつくづくおもう。about13

一方の「人間の証明」は、ストーリーを追うのに一生懸命という映像。映画は短い時間の制約が大変だと思う。ストーリーを追いすぎるとテーマが呆けてしまう。それどころかエピソードがワンカットだと、原作を知らない者には伏線が判らない。良い映画だけどね。もちろん制作動機が、こちらは興行的成功をめざしてコンペしたものだから。

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岡田茉莉子の貫禄は小気味良いけど、松田優作もがんばっているけど、いやあ、「砂の器」の加藤嘉はやはり演技も上だねえ。

2009年9月16日水曜日

老いに向かって

昨日21時にイオンへ行きました。郵便ポストがあるのです。そこで70近いジャージの一人の男性に声をかけました。”そちらは毎朝この前の公園の枯葉を掃除して見える方ですね。”、”ご存知でしたか、土日だけですがね”、”楽しく歩いています、これからもよろしく。” 店舗から出口までの数十歩の間でした。矢田第2公園を朝6時から7時前までほうきで掃いてくれている。数年前にジョギングをしていたとき頻繁に見ていたし、今でも早出のときに見かける。毎朝だと思っていた。もう10年以上は続けているようだ。

お弁当を買っていた。これから食事なのは独身だからだろうか。奥さんは亡くなられたのだろうか。元気そうだがどんな思いで作業をしているのだろうか。

かつての仕事仲間の70近い方は、奥さんがなくなって10年経ってから急に登山を始めた。奥さんは山登りが好きで彼は仕事熱心だった。彼は調理器まで一式揃えていろいろな山へ行った。もともと体力はあったから。”一緒に行ってやれば楽しめたかもしれないな、と今はおもうね。”と、彼は言う。

いろいろな動機、きっかけで事は始まる。途切れたり、始めたり、やり直したり。環境が変われば思いも変わる。思いが変われば、嗜好も変わる。いつまでもどこまでも、雑多な多種多様な姿形が見え隠れする、目を向ける気になれば。

2009年9月2日水曜日

読感です。”オリバーサックス著 色の無い島へ”

著者は精神神経科医である。遺伝による障害で色を識別できない人が、通常200万人に1人現れる。これは劣性遺伝なので通常はこの確率。しかし閉鎖された離島で、災害で人口が極端に減り(ここでは20人くらいまで)近親婚が繰り返されると劣性因子が発現する。このある島では全色盲が人口の5%だという。著者はここへ調査に行く。同じく全色盲の神経科医の友人を伴って。

生まれつき色の無い彼らは、多くの障害がそうだが、障害にはならない。”色が識別できなくて困りませんか?”という問いに、友人の精神科医は、”色だけでモノを判別するわけではありません。手触り、香り、季節、光の反射など全ての感覚で物事を捉えます。ただし、健常者と話しをするときには困ります。だから、これはこういった色、こう見えるときはこの色の名を言えばいい、と一生懸命覚えました。” 健常者こそが障害らしい。

この友人は、その離島へ着いたとき走り寄ってくる子ども達が自分と同じ全色盲だとすぐに判ったという。全色盲は網膜の障害のため、強い光に耐えられなく目を細めていて眼球は忙しく動き続けるのが特徴だからだ。かれらは薄暗い中では(三日月の夜、色の無い時間には)、すばらしく細かい陰影まで見分けるらしい、だから夜釣りが得意だという。なんらかのたたりのように苛まれていた彼らに、単に原因のある特質だと説明する。その島以外から来た全色盲の文明人からの説明は十分説得力があったようだ。彼らにはサングラスがプレゼントされた。

特異な人々との交流や因子の解明、この島の自然や風習なども紹介されている。著者は医学だけでなく、自然や風習に対する造詣も深く、その表現も快い。

この話以外に、グアム島では筋萎縮性側索硬化症(ALS)が風土病として高い確率で存在ていた(当時)。そこでの旅行記も載っている。島での患者と健常な人々との普通の暮らし、彼らの捕らえかた、そして住民の長い間の病気との生活から原因究明を行っている。ALSは、現在も原因不明の病である。ルーゲーリック(野球選手)病ともよばれ、宇宙物理学者ホーキンス,マイケルJフォックスなどが発病している。日本の紀伊半島とグアム島に風土病として知られており研究されている。

2009年8月29日土曜日

映画 精神 シネマテーク

見てきました。これは、“観察映画”となってまして、岡山の精神科医院の患者を撮影したモノ。この医院は、一昔前の個人病院みたいな場所で、建物も昭和初めの味わいある建物。先生の人柄に頼った人たちが集まってきている。入院施設でなく、朝通ってきて、待合でわいわいとやっている。明るくはないけど、悲惨でもない。

患者は困って、悩んで病院へ来る。先生がよく言う台詞、”あなたはどうしたいと思うの?”鬱や、統合失調症、は、つまり、“参ってしまった”人々だ。やめたい、死にたい、自分を攻め続けてしまう。健常者の社会について行けない。社会のリズムに乗れない。

彼ら独自の世界では、つまりこの病院のような、映画に見るコミュニティのような所では、生き生きと楽しく見える、映っている。彼らは安心してそこに居る。

彼らを恐れさせる、”世間” とは、何者なのだ。健常者の社会は、彼らを脅しているのだろうか。知らず知らずのうちに、彼らを責めてしまう健常者とは、健常な精神の持ち主なのだろうか。その社会は、”健常な社会” だろうか。

彼らのセンサーは、敏感すぎる。些細な刺激が、彼らを破滅に追い詰める。彼らはそれをかわせない。よけられない、しっかりと受け止めてしまう。そうでない人々は、相手にぶつけるだけぶつけようといろいろ投げておいて、何も受け止めない。ほとんどが誰かのせいであって、自分を責めることがない。それが健常。そう、厳しい世界なのだ。

2009年8月25日火曜日

ピンホールカメラ 写真展

名古屋伏見地下街、ギャラリーで。熊崎 勝 先生の作品展でした。

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お誘いを受けて見てきました。何が不思議かというと、手前も奥もピントが合ってる。また、ソフトフォーカスって言うか、輪郭の柔らかさ。

”作ってみないか?”と誘われたけど、作りかけたのです。フィルムと現像がうまくできなくて、障害って言うか、どーしょーかなーって。

やってみたい気はあって、道具も揃えたけど、フィルムと現像がどーも。自分で一度現像したら好きになりそうな。

 

デジタルピンホールカメラってあるのかな?

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2009年8月24日月曜日

本宮山へ登る。 豊川

思い立って、本宮山へ登りました。トレッキングだけど、最近ぼけてて、食事を持って行くのを忘れました。飲み物は持って行きましたが。

”休みの日は売店やってるよ、”との話しに期待して登ったけど、お店は何もありませんでした。お腹を空かせて下山、”本宮の湯”で食事をしました。

登り2時間半、下り1時間半 距離4km 高低差600mくらいかな?

広葉樹林と針葉樹林(植栽樹林)が交互でした。頂上の社にはふさわしく桧と杉の大木がありました。

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2009年8月12日水曜日

帽子を、、、、

ミシン アディクト工房   〒479-0835 愛知県常滑市陶郷町4-64  で 買ってまった。

物を持ちたいけど(携帯、プレーヤー、キー、できれば本)夏はポケットが少なくて、困ってます。さて、どこへポケットを着けようか? ねえ、どらえもん?

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ということで、まずはヘッドアップ。大昔柔道部であった私は、首を鍛えてある(もう時効だろうけど)つもりで、頭が重く、首が回らないのには慣れていて。デザインも良いし。

できれば、チャックを隠して欲しかった、、、。

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さて、つぎに、夏は暑い。首の後ろの日焼けが熱いシャワーと相性が悪い。ということは日よけ。それで日よけにもポケットを、という流れです。

日よけが3枚あるのに、ポケットは真ん中だけ。いろいろ入れたいのに、、、。

次は、紳士帽のひさしの上にクリップでも着けようかと。

2009年8月10日月曜日

手話に関心をもって、、、

手話がおもしろそうだと思った。オリバーサックス著、“手話の世界へ”を読んだ。動かされたことは2つ。

1,手話には2種あって、健常者(これはあまりよい表現じゃないけどしかたがない)の言葉を置き換えた手話と、聾唖者の間で創り出された手話がある。この後者の存在はおどろいた。それは私たちの言葉が音声という制限を背負っているという発見である。聾唖者の中で自然発生的に創り出された手話は、音声と次元を異にした全く新しい言語になる。視覚と空間を使った言葉。するとそこから産まれる思考も戦略も全く異なってくる、と想像される。つまり道具には得手不得手があり、道具が違えばおのずから出来ること出来ないことが違ってくる。たとえば、サイクロイド曲線という単語を知っているか知らないかで、その形を伝えられない。数式を知っている者同士なら式を書くだけで形を伝えられる。私たちの音声言語には、どんな制限があるのだろうか。

余談だが、聾唖者の中で産まれた手話、の産まれ方に感心した。言葉が使える者が介在してはこれは生まれない。だから健常者が数的に多くてはだめなのだ。また、言語は一度に短時間には出来ない。これはコンピューター言語の発達を見ても判る。進化と同じく、長い時間、多くの人と場面を経て、付加され改良されて伝えられていくうちに、言語としての体系をなしていく。ある程度形が出来ると、体系化、整理が出来て言語として習得体制ができる。はたしてそんな環境が本当にあったのだろうか。聾唖者の比率が高い地域、それが必須条件である。

今のように人の往き来が頻繁ではなかったとき、ある島に遺伝的に聾唖要素が持ち込まれる。近親婚が続けられ、島内で高い比率で聾唖者が産まれる。実在したその島では、聾唖者も健常者も同じように手話で会話をしていたという。そこから島の外へ出た者がその手話を広めたという。聾唖者にとって自然な手段だったと言うこと。

2,聾唖者も健常者も脳医学的には、どちらも同じ言語野が同じように使われていること。言葉を使おうが手話を使おうが、生き物の外界と内側とのやりとりが出来ていればいい。脳は、その環境に応じて最良の物から情報を取り入れ、出力している。三重苦といわれる聾唖と視覚障害者でもヘレンケラーのごとく、脳は内側と外側との情報交換をなんとか確立しようとする。その時点においては、同じ処理がなされている。ただし、同じ情報が入っていることにはならないが、同じ世界で生きているという事実がある。

言語という言葉の壁の外にどんな世界があるのか。聾唖者はどのように世界を見ているのか、表現しているのか、大変関心がある。

さて、手話を覚えられるだろうか?

2009年8月6日木曜日

御嶽山登山 8月4日 今年もまた、ありがとう

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木曽御嶽山、3026mへ、8月4日に登ってきました。ということで今は大腿筋とひらめ筋が筋肉痛です。明日はもっと痛くなりそう。

2日の日曜は雨、それも激しく。梅雨明けがいつなのか、心配しつつ半分あきらめつつ。3日は晴れてまあ何とか。3日午後に名古屋を出て、名古屋市の御岳休暇村へ一泊。ここは安いんです。だから赤字なんだと思うくらい。そして、梅雨明けのニュース。”ホホ、やったね。日頃の信心が報われたね。” 朝6時に休暇村を出て、6時半に田の原登山口駐車場へ。”かいせーーーい(快晴)” 一日の無事を祈って登山開始。

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雲一つ無く、澄み切った下界を見下ろしながらゆっくり登りました。

6時半から始めて、11時前に、王滝頂上。11時過ぎに剣が峰頂上、標高3026mへ。今年もまた来れたことに感謝!!!!

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王滝口過ぎて剣が峰を望む。

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4つ並びの下段が、剣が峰頂上。12時半に出て、3時に駐車場へ。

これまで、毎年家族4人で登ってましたが、今年は子供はこないで、夫婦で行きました。2年前には行く前に目の怪我でお休みしました。また来年無事に過ごしてまた来たいです。

帰りには、雷鳥を見ました。皆がカメラを抱えていたので、”何か居る?”といことで。

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それから雲が上がってきて時々ぱらぱらと雨が。車に着いたらザーッと雨が降り出しました。下界へ降りるまで1時間ほど強く降ってました。”なんという強運!!”

あ、そうそう、行きに、”砂防堰堤”らしきものがありまして、土砂流出を防ぐ物らしい。

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御嶽山登山口まで行く途中に、滝が2カ所あるんです。帰りに寄ってきました。その時すでに、膝ががくがくしていました。

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お天気に恵まれ、料理に恵まれ、仕事もヒマだったので、良い休暇でした。

2009年7月2日木曜日

小屋束の胴付き長さ1mmの必要

私の仕事先の某機械メーカーが小屋束加工機を作っている。ユニークな機械で、胴付き長さ1mmの小屋束を作ることが出来る。長い角材を長いままいくつものホゾをそこに切り欠いていく。長くつながった小屋束を作れば、胴付き長さ1mmでも作成可能だ。そう言った要求からこの加工機が考案された。プレカット工場ではそう言った短い小屋束の要求が来る。そして機械で出来ない物は手で作ら無ければ収まらない。

 

そもそも、そんな短い小屋束など必要ないだろう、といわれる。大工はそんな図面は描かないし、加工できないような仕組みはしない。ということで、なぜそんな小屋束が必要になるのだろうか。あり得ない、と大工は言う。プレカットの弱みがそこにある。

 

線と線が交わる。端点が線につながる。CADで梁桁を入力するとき、幅も厚みもある材が画面に描かれるが、CADデータとしては点しか見ていない。線と線の交点、線と点の交点が仕口データの印となる。例えば、梁があってそこに立つ柱は芯が完全に一致していないと、”材が接合する”ことにならない。1mmずれていれば両者は離れている、とCADは判断する。2つの材の関連性が計算されないのだ。

 

で小屋束の話し。間取りの都合で壁をずらす。と上の梁も柱の芯に合わせてずらさなければならない。そうしないと接合加工をしてくれない。屋根は勾配が付いているから一部分ずらした小屋束と、等間隔に置いてある小屋束との間に、数mmの差が出来る。組み方によってはここに、数ミリの小屋束が必要になる。

 

大工ならずれていてもそれなりに接合するし、梁を数ミリ上げたり下げたりは造作もない。しかし、コンピューターのお仕事は杓子定規でないと受け入れてくれないのだ。そこに苦労があり、ミスがあり、不可解さとお笑いが産まれる。

2009年6月13日土曜日

宣伝をしてしまおう

だれだ、だれだ、だれだ!!!闇を切り裂く、~ 佐織屋さん~

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2009年5月30日土曜日

宣伝ではないけど。

5月21,22日にリフォームフェアがあって、住宅から和室が無くなり、畳が無くなり、床柱が消え、長押、鴨居、障子、ふすまがなくなっていく。そこで、リフォームフェアでは、部屋に見立てた一角に、和のスペース、で框と畳をおいた。

今回の、中小企業展で、紀州のメーカーが同じコンセプトを展示していた。がんばれ、あいちの木工!

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中小企業総合展2009

で、大阪へ行ってきました。おもしろかったです。中小企業の新しい技術や取り組みの紹介展でした。ブースがあって製品展示と説明をしていました。

私の目的は、トロムソという会社のモミガライト、というモミガラのブリケットを見に行くことでした。社長の浅尾さんに会ってきました。20年と言っていましたが、ずっとモミガラの燃料化に取り組んでいます。”熱い方”でした。”グラインドミル”、と言う圧縮成型器は、粉砕もするらしく、これもまたおもしろそう。粉砕したモミガラを苗床にして、水耕栽培をしていた。モミガラはケイ素が多く、燃やせば灰分がおおいけど、それが水耕栽培に向いているのだろうか。

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ペレタイザー、新興工機の新製品。小型ペレタイザー 30kg/時間 だそうで、3.7KWモーター。おもしろいのは、フラットダイのノズルが2列。ローラー幅が3cmくらいかな。小さなモーターで量を追うと、ノズルの数は少ない方が理屈にかなっている。

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牛糞の堆肥ペレットです。可搬性、無臭性、機械散布可など実用試験が行われているとのこと。

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竹ペレットは、竹と食品残さと混ぜ、ペレットにして牛の飼料にしています。乳牛での実用性に実績が積まれつつあります。

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その他では、紀州梅の種の炭活用。元気の無い木にモリブデンの栓をして元気にする方法。桧の抽出油で呉服を染める。養鶏場は、廃羽根の粉砕物を紙のコーティングにしたり、撥水材料にしていました。

いろいろとおもしろい産業があって、楽しい思いをしました。半日でしたがね。

2009年5月26日火曜日

鉄板厨房 石やま 岐阜市

つまりは、オトモダチのお店。同朋のかつての仕事仲間。妙なウンチクとこだわりを持った方。茶道の免状もあるらしい。仕事では対立もしたし、仲も良かったという。

お店を2009年4月に始めた、と言うことで行ってきました。結果は、ウンチクだけのことはある。場所も、設えも、料理も、器も、全体にきちんとしてる。

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本人から聞いた話。

”とにお” という洋食店が昭和40~60年代に勢いに乗っていた。このオーナーはそこから厨房に入られた方。私の住まいの近くにも”とにお”があり、名古屋市内にいくつかの店舗を持っていた。あさくまに始まる”ファミレス”に代わって消えていった。今は名古屋の中日ビルだけかな。

”とにお”は、お気に入りのお店だった。一目置いていた。私流では、”きちんとしている”という褒め言葉。レストランだけど、ホテルのようなウェイターの躾。ウェイターは中年の男性で蝶ネクタイをはめ、よく客を観察していた。用がある時はすぐに目があった。さっと来てくれて、一礼。笑顔も躾けられていた。気持ちの良い食事がしたいときは、時々ここへ行った。接客は快いばかりだった。

最近縁あって一流ホテルへ留まった。一流と二流の違いはまさにそこだと、まざまざと思い知らされた。訓練された笑顔、快い笑顔、絶え間ない笑顔。どちらを向いてもにこやか。この時間は気持ちいい。そして、笑顔は難しいのだと知る。一流でしかお目にかかれないのだ。

脱線した。ということで、”とにお”には、畏敬の想いがある。そしてこれも縁。

スタイルは”とにお”。洋食、ステーキとガーリックライス。目の前で焼いてくれる。

と、宣伝もして、末永く、だらだらとお付き合いを願いたいものである。

2009年2月5日木曜日

福岡伸一 生命化学教授

彼の本は3冊目。1冊目は、翻訳本だったが。近頃で会った中ではとてもすばらしい作家だ。これまでにない新しい方向とも言えるし、巧みな文才を持った科学者、ともいえる。

それは、例えば、デスモンドモリス、ライアルワトソン、ジェーングールド、ドーキンス、シェルドレイク、三木成夫などのような科学読み物には違いないのだが、それとマイケルクライトン、フレデリックフォーサイスの物語性の両取りと言おうか。テーマや内容はかなり専門的な、遺伝子組み換えやその技法、特異なテーマなのだが、それを乗せている骨組み、ストーリーの形態は起承転結を持ったあるいは、巧みな伏線を抱えたミステリーその物の構成だ。

一見唐突なエピソードが新しいページから始まる。それはフィクションではなくおそらく科学史上の有名な事柄なのだろう。しかしそのエピソードの終わりは、全体を貫くテーマの側面にぴたりとはまる。つまりテーマの別側面を言い換えると、そう言った出来事と同じ意味になるのだ、と。さらに、一研究者としての作者が特異な研究分野から教わり感じる事柄は、結局生きていくうち誰もが感じたり思ったりすることなのだ。何がどういう手法で教えてくれても、結局受け取る側は、生き方や生き物としての共感や過去、未来である。だから読者は共感し、感嘆する。

”できそこないの男たち” を読んだ。一気に読ませるところは、エンタティメントその物だ。テーマは性染色体の発現の仕組みとそれに取り組む科学者のエピソード。最初のおもしろいフレーズ。”若手を紹介します、働きぶりは保障します。何と言っても私が雑巾がけを充分に仕込んでありますから”。そうやって紹介文があれば、就職も楽だという。作者は、大学に入ると、すでにファーブルも今西錦司もいない現実に打ちのめされ、それでも大学院を卒業し、そこでライフチェンジャーを求めて、ニューヨークで研究がしたいと思った。自分を売り込む手段のあれこれを、ユーモアを交えて書き始める。

ウィットの効いた短いセンテンスは、ノンフィクションによくある書き方だが、とてもよく練られていて感心する。

「科学の世界の公用語は英語でしょうか。いえ、科学の世界の公用語は、”下手な英語です”」と、開会宣言をした学者のエピソードなど、その取り上げ方も、間の取り方もうまい。

これから著書は増えるのだろうか。研究が忙しくてほちぼちだろうか。次々に楽しみな作家である。

2009年1月31日土曜日

リンゴかわいや、カンカン娘  じゃないかな?

不要になったリンゴ箱、どなたか要りませんか?

何でこんなゴミ? と言うヒトと、今となっては貴重だね、と言うヒトと。

やま

 よこ

取りに来れば差し上げます、と言うことで、当方へご連絡を メールです。

2009年1月5日月曜日

吉本隆明 NHK を見る。

吉本隆明、ゆうめいな言語学者、文学者、哲学者、らしい。文学論や哲学が苦手な私は、ご縁の無かった方ですが、名前だけは伺っていました。先輩の薦めで、番組を見ました。雑感を書きます。

わたし論的に、普遍論、と言うモノは私の中には存在せず、個人の頭の中で描かれる事象なのだから、全てが特異論だと思っています。同じ物を同じ時に同じ場所で見て、感じたものに対する感じ方は、同じとは限らない。そのひとつには受け取る側の心情によっていろめがねをかけてしまうということ。具体的にその時前に何を感じていたか、何を考えていたかによって、変わってしまうと言うことがある。ということで、私の色眼鏡越し雑感です。

1:言語論、根幹は無言の中に、、、

これは言語論というか文学論だと思う。言葉として書いてある物、表現してある物は伝えたいことの枝葉末梢に過ぎず、本質は無言すなわち、書かれていない部分である、と言っていると解釈した。俳句を取り上げて、あの短文から何をくみ出すかと言う観点を、長編小説と一緒に比べて、文学論を交わすのは確かに意味がない。物書きを趣味とする私でも、単純明快と言う技と、伝えたいことが伝わるに足りるものなのか、そして文の積み重ねから、描き手の意図する全体像を組み上げてくれるだろうかという疑心がいつもつきまとう。文学と報告書の違いは、その部分なのだろう。文学に必要なのは、論理的組立てではなく、計算された論理の抜け穴だと感じる。報告書は、読み進めていくと結論が見えてきて、それは進めるほどに揺るぎないものにならねばならない。一方、文学は先が読めてはいわゆるつまらない。いたるところに論理的な欠陥なり、破綻、矛盾、つまり意外性とはそう言うことで、おもしろさはそこに産まれる。気付かされる言葉である。

2:経済論、価値とは。文学、芸術は無価値か?

価値論は、これもまた脳が生んだ概念であって、量的な部分で具象性との連結が難しい。価値の有無については、番組でもリンゴを取りに木に登って収穫するというエネルギー投資を以て、価値の量、有無を例えていた。私は富国論、経済論には無縁であるがこれはわかり易い。行動にはエネルギーが必要なので、まず頭がその行動を思い浮かべて、それを実行するかどうかと言う判断で価値の有無が現れてくる。人を行動に向かわせる動機、体力的エネルギーと時間的資源を投資しようとする、それは実際に本を買いに行く、お金を投じる、ページをめくる、あるいは、美術館へ足を運ぶ、美術品に値が付く、美術本や文学全集が印刷される、これすなわち文学、芸術の持つ価値と判断する。現実的な出来事だからね。無価値 という論理があれば、聞いてみたいものだ。

人が、そして生き物が行動する動機、目的、そして価値とは、わたし的には単純明快で、生きること、産むことにつきる。これはDNAに組み込まれた行動パターンの原理である。文学を始め芸術とは、快楽の疑似体験であり、快楽の根底は生きることと産むことにあり。生きること産むことの快楽が生き物に組み込まれていて(それはすなわち産まれた目的でもある)、その欲求の派生代替として全ての欲がある。名誉、所有、闘争、歌、詩、絵画、造形、ダンス。恋愛は何事にも代え難く重要で生き物の根幹にある。芸術はそれの代替であり、欲求の昇華解消手段である。それに結びつかなくては、感動も、快感も、満足も得られない。それは生き物というハードウエアの設計、配線上の問題であると、認識している。

3:時代が過ぎても言語や芸術は変わっていない。

いつの時代の文学を読んでも、絵を見ても、人に与える感動は同じ。わたし的には、構造が同じだから(進化する時計尺度ではない)同じ結果なのだ。人は何も変わっていないのだから。ただ、それを描写する背景景色は言葉を替えなくてはいけない。死語を使っていては文学以前の話しになってしまう。表し方には時代の流行があるのだ。”流行の”という一言を取っても、めまぐるしく対象が変わっていくのは自明の通りである。翻訳すれば、いつどこで読まれても良い作品は感動を感じるものなのだ。

4:収録は90分だったけど、長い時間話していたんだね。

NHKの番組では、最初は心許ない話し方で、話したいことが思い出せないで、イライラも見せながら、進んでいったけど、徐々になめらかにつかえることなくしゃべりが進んでいった。最後の方は疲れなのか、トランスなのか、あいまいになって、うまく司会が留めていた。その前には、想いが満ちていって、あふれるように言葉になってこぼれ落ちていた。聞く人も言葉をいちいち噛まないでも、するりと飲み込めているようで、のど越しの良い聴講ならうらやましい限りである。最後の拍手はそれなのだろうか。

この人は、戦中から戦後、東大紛争から経済発展までを見てきた人なのだ。このプロデューサーの糸井重里さんも、私は苦手な方なのだが、ちょっとかじってみようと思う。

このタイミングで連絡を頂き、薦めていただいた先輩に、感謝して一文を書いてみました。