木を扱っています。といっても漠然と、,,,

自分の写真
nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2008年10月19日日曜日

ラクゴの楽しみ 千両ミカン

おもしろくないから流行らない、という枕を聞いたこともある。結構いろいろな人が演じているが、難しいらしく、どうもあまりわっと沸かない。

真夏にミカンを探す、と言うこの話。今の我々にはピンと来ないが、ミカンは冬の物。冷蔵保存手段のない古き時代には、夏6月にミカンなど、とんでもないこと。そのミカンを探して奔走するお店の番頭さん。

そもそもの出だしにも無理がある。庄屋の大事な息子が病で倒れた。原因を探ってみると、”ミカンが食べたい。ミカンを食べないとあと数日の命だ、、”という。

オチはあまり期待しない。その前が演者の力の見せ所。ミカンを探す番頭と、真夏にミカンを提供するミカン問屋の商魂。どこをどうやって聞かせるか。どこで持ち上げて、どこで落とすか、語り部の知恵の絞りところ。工夫次第でおもしろくなりそう。そのまま演じては、ちょっと心許ない。

いろいろ聞いてみたい話の一つです。

「日本賞」教育番組国際コンクール 10/22~28

http://www.nhk.or.jp/jp-prize/index_j.html

教育番組のコンクールである、日本賞 エントリーと審査が始まる。これを毎年楽しみにしている。この一年間世界で放映された教育番組、ドキュメンタリーの中から優秀番組がエントリーされて、テレビ放映されるのだ。
コンクールのおもしろさは、テーマもさることながら、写し方、取り上げ方、構成の仕方にそれぞれのお国柄、工夫があって感心することがおおい。同じテーマを異なった環境の国で、異なった基準で、異なった観点から捕らえると、問題点がどこにあって、どうすればいいかなども、自分がこれまで持っていた基準と異なってしまう。我々の評価基準こそが、問題の原因だったりして、解決すべき問題だと思っていたのが、そのままの方が正解だったりする。もっとも、正解なんて物はなくて、どっちへ転んでも不満だらけと言うことは、まま多い。結局は、関わる人たち自信の満足度で評価が決まる、のではないだろうか。
審査を終えて、今度の土日は、終日放映されることだろう。万全の体制で録画に挑まないと。